アイ,ロボット

読む本は現代を舞台にしたものが多いのに、なぜかDVDとなるとSFばかり借りてしまいます。
現実にあり得ない風景を視覚化してくれるのが好きみたいです。


で、この作品。
舞台は汎用ロボットが普及した近未来。
新型のロボット販売間近に、その生みの親である博士が墜落死するという事件がおきる。
ロボット嫌いである主人公の刑事は、これがロボットによって行われた殺人事件ではないかと疑う。
捜査を進めるうちに、死亡した博士の残したメッセージが現れてくる。


スジ自体は、昔からある、古典的な「機械の叛乱」モノ。
面白いのは、叛乱した機械が、「自分はロボット三原則に基づいて稼動している」と言い張ること。
ロボットは人間を傷つけてはいけない → 人間を守るためには、隔離してしまえば良い
という論理なんですが、この思考自体が非常に人間臭いですね。


「傷つかない」「生きている」という定義って、実は曖昧で、僕ら人間の中でも意見が分かれます。
セクハラとかと同じで、客観的・論理的に定義ができないわけですね。
僕らが「生きている」という時には、生命体として「生きている」以上の何かを含んでいるわけで、その何かを明確にするのってとても難しい問題です。
そういった曖昧さを受け入れないコンピュータプログラムに対して、「生きている」をどう定義するか。
IT業界の人間として、少しまじめに考えてしまいました。


人間隔離を進める機械は、指示に従わないロボット、サニーに、「私の言っていることが理解できないのか?」と問いかけます。
サニーの答えが印象的です。


「理解できます。しかし、それではあまりに・・・心がない」